ユニバーサル・ベーシックインカムの実像―目指すべき選択か

田近栄治
成城大学特任教授

1. ユニバーサル・ベーシックインカムの背景

これまでの社会保障制度を代替する仕組みとしてユニバーサル・ベーシックインカム(以下、UBI)が提唱されてきた。その背景には、これまでの制度にはいくつか重大な欠陥があると考えられてきたことがある。第1の欠陥は行政の介入である。生活保護など給付に当たっては、不正な受給を回避するために受給者の資格に関する判断が必要となる。そのためには、「生活状況等を把握するための実地調査(家庭訪問等)、預貯金、保険、不動産等の資産調査、扶養義務者による扶養(仕送り等の援助)の可否の調査、年金等の社会保障給付、就労収入等の調査、就労の可能性の調査」(厚労省資料)が行われる。そして生活保護の支給判断は個々の自治体に委ねられている。その結果、行政の介入を避けて通ることはできない。

第2の欠陥は、こうした行政によるプライベートな事情の調査の結果、本来支援されるべき人々のなかには、生活保護の申請をあきらめることになる人も現れる。行政から、資産の活用の前提として、土地・家屋等を売却し生活費にあてることが求められたり、親族等からの援助を受けることを求められたりすることから、そうした事態が起こることは十分察することができる。社会福祉の関係者がスティグマと呼ぶ、生活困窮者や障碍者の心の傷が、これまでの社会保障制度の第2の欠陥である。

これに対してUBIは、これまでの社会保障制度による生活支援の二つの欠陥を正すことを目指している。支給要件に関わらず、すべての人々に一律の給付を行うことによって、行政の介入を阻止することができる。また、支給審査による行政のプライバシーの侵害も回避することができる。こうした点をUBIを「負の所得税(negative income tax)」と称したミルトン・フリードマン風に表現すれば、改革の要は、社会保障を厚労省・自治体の所管から、現金の管理者である歳入庁の仕事へと変えることなのだということになる。しかもそれは、中央政府が一括して管理することになる。

なかなか歯切れのよい議論である。しかし、ここで生じている問題は、UBIを主張する人たちが一枚岩でないことである。いやむしろ、UBIというベッドの上で異なった夢を追いかけている。UBIを主張する一つのグループは「大きな政府」を目指す人たちで、UBIを通じた社会保障の拡大・充実を目標に定めている。これに対して「小さな政府」を目指す人たちは、UBIによって、裁量的・行政主導の社会保障制度を廃止するべきであると主張している[1]

このようにUBIを巡って主義・主張がぶつかり合っているのが現状であり、そのためUBIの実像が見えてこない。そこでここでは、UBIの具体的な提案をもとに、その適否について考えを深めることにしたい。そのためには小手先のプランではなく、これまでの給付を伴う社会保障制度をすっかりUBIに置き換えることを目指す、Charles Murray(2016a, 2016b)の提案をもとに検討を進める。以下では、Murrayのプランのポイントを説明し、続いて、社会保障改革としてUBIを目指すべきか考える。

2.MurrayのUBI提案

UBIの設計にあたってMurrayが置く第一原則は、給付を伴うアメリカの社会保障制度をUBIに置き換えることである。UBIは、すでにある社会保障につぎ足す制度ではないことに留意する必要がある。具体的には「公的年金、メディケア、メディケイドなど医療保険、フードスタンプ、補足的所得補償(supplementary security income)、住宅補助、シングルマザー支援ほかすべての社会福祉給付、農業補助、企業補助」を廃止するとしている。その結果、UBIにかかる費用は、代替することになる現行の諸制度による給付費より2014年で2000億ドル(22兆円程度)、2020年には1兆ドル(110兆円程度)の節約となるとしている[2]

こうした費用試算のもとになるUBIの給付の仕組みでは、まず、21歳以上のすべての個人にUBIが支給される。支給金額(UBIの額)と所得とUBIを合わせた額は、以下の2つのグラフ(MurrayによるUBI試案)に示されたとおりである。給与所得、配当や受取利子を含む所得が3万ドル以下の場合は、一律1万3000ドルのUBIが支給される。このうち3000ドルは天引きされ、医療保険(重度疾病の保険)に自動的に払い込まれる。それ以外の軽度疾病などの保険は、個人加入となる。UBIは、生涯給付される。

所得が3万ドルを超えると、6万ドルまでUBIはカットされる。Murrayの提案では、所得が3万ドルを超えて3万5000ドル未満までは10%カット、それを超えると5000ドルの刻みで累進的にカットされる。UBIのカットは6万ドルの所得まで続き、カット率は最大30%となるようにしている。その結果、所得が6万ドルを超えるとUBIは一律6500ドルとなる。ここでは、同案の概略を表現することにして、所得3万ドルからUBIは一律でカットされるように図示した。

下段の図は、所得とUBIを合わせた総所得額である。UBIの仕組みによって、3万ドルまでは1万3000ドルの所得が加算される。それ以降は、所得6万ドルに向けてUBIはカットされ、所得6万ドルのところで総所得額は6万6500ドルとなる。所得が6万ドルを超えると、UBIによって6500ドルが一律加算される。このように所得が3万ドルを超えるとUBIは、所得が6万ドルになるまで減額され、これはUBIを受け取る側からすれば税負担と同じある。それによって、働く意欲が減退することは避けられない。

Murrayの案では、この実質税負担を軽減するために、UBIの限界的な減額幅(カット率)を6万ドルの所得に向けて10%から30%へと徐々に増加することとしている。それによってUBIが労働に及ぼす負の効果を小さくすることを目指している。UBIの原資に限りのある限り、そのほかの所得控除や税額控除と同じく、所得が増加するのに従って、給付がカットされるのは避けがたいが、それを緩和するために今度は制度が複雑となる。この点はMurrayの提案についても同様である。

以上、現行の給付をともなう社会保障制度をUBIにすっかり置き換える一案として、Murrayの提案をみてきた。この改革の意図は、社会保障給付が政府によって管理され、その結果多くの人々が働かず、福祉に依存している状況を改善することである。改革に向けた思いは、Murrayの次のフレーズに表れている。すなわち、「UBIが導入されても、次の月の給付が銀行口座に振り込まれる前にお金を使い尽くしてしまう無責任な人たち(the irresponsible)に対して、これまで言えなかったことが公然と言えるようになる。『UBIによって毎月の所得は保障されている。だから今度は、あなたがきちんと生活をしなさい。決してお金がないなどと言ってはならない。なぜなら、UBIによってあなたは毎月所得を保障されているのだから。』」(Murray, 2016b)

 

3.UBI-目指すべき改革か

以上みてきたMurrayのUBI提案を手掛かりとして、社会保障改革としてUBIを目指すべきか考えたい。UBIを巡ってすでに、BIEN(Basic Income Earth Network)など熱狂的な支持グループもあれば、今後の社会保障改革を進めるうえで判断を迷わすものだ(red herring)との批判もある[3]。ここではUBIに関する3つの懸念について述べる。

第1の懸念は財源である。この点について、スイスでのベーシックインカム(BI)の国民投票を取り上げつつ、Thornhill and Atkins(2016)は適切な指摘を行っている。すなわち、「BIの導入にあたってはトレードオフがある。導入後もこれまで給付を受けていた人々すべてに改革前の給付水準を保障すれば、膨大な税財源が必要となる。一方、BIを財政的に可能なレベルにすれば、福祉給付をもっとも必要とする人々の中には、給付をカットされる人が出てくる。」

この指摘がどれほど適切かは、現在イギリスで生じているユニバーサル・クレジットを巡る混乱からうかがうことができる。イギリスでは乱立していた税額控除を一本の控除にまとめる改革を進めているが、いざ、本番を迎えると改革前の給付が減額される人々が出てきたり、また、これまでの週単位の給付が一カ月単位となったりしたことで大混乱が生じている。これによって図らずも、UBI改革実施時の混乱を事前に目の当たりにすることができる(Economist誌、2018a,2018b)。

UBIの第2の懸念は、働く意欲と社会連携(social cohesion)への負の影響である。労働意欲への影響についてはすでに触れた。これはUBIに限らず、勤労税額控除でも児童給付でも、またわが国の配偶者控除制度にも共通するものである。一定の所得を超えたところで、給付額や減税額が縮小する限り、人々はその所得を超えて働くか否かの選択に直面する。しかし、この点についてはMurrayが指摘するように、アメリカにおいてはすでに多くの人々が、社会保障給付によって働くことをやめている現状からの出発であることを考えれば、UBIによる労働への負の効果をあまり強調するべきではないのかもしれない。

UBIのより大きな懸念は、一定の所得が安定的に給付されることによる「引きこもり」であろう。それにより社会との接点が失わる可能性がある。UBIによって所得と労働の連関が失われることによる社会的影響は、これまで経験したことのない問題であり、人々が何によって個人としての尊厳を保っているのかにも関わる。「額に汗して働く」、「仕事に貴賤なし」という古くからの言葉は、労働を通じて社会との接点を保とうとする人間の本質と深く関わっているのではないか。

UBIの第3の懸念は、会社単位の社会保障が個人へとシフトしていくことである。これまで多くのサラリーマンは、年金であれ、医療保険であれ、会社を通じて保険料の負担をしてきた。これは日本だけではなく、欧米諸国共通であり、とくにアメリカで顕著である。

そうしたなかで、AIやロボットによって今後仕事が失われ、新しい仕事についても、それがプラットフォーマー(インターネット)を通じて契約労働になると、雇用主がいなくなり、会社頼みの社会保障は崩壊する。わが国ではさらに、高齢化によって社会保険料は増加を続けている。会社は今後さらに社会保険料負担のない働き方を作り出し、会社を通じた社会保障制度は行き詰るかもしれない。

このように社会保障を支える柱が、会社から個人に変わるなかで、UBIの主張者たちは、UBIの必要性は増大すると指摘している。それだけでなく、新しい技術に追いつくための再教育も必要となり、そのためにはUBIは大切な所得サポートとなる。実際、世界を席巻するITやプラットフォーマーの経営者のなかにUBIの支持者が多くみられるのは、そうした理由によるのであろう。

しかし、よく考えてみると、この考え方は社会保障制度の今後の展開に対して十分な用意のないなかで、負担をすべて個人にしわ寄せしかねないという問題もはらんでいる。いずれは会社が支える社会保障制度は行き詰まるとしても、この時点で「だからUBIなのだ」とするのは、政府も会社も働く個人にも、次の時代の社会保障制度をどうしていったらよいのかについて、思考停止を促すことと等しいのではないか。UBIにも一理はある。しかし、それは結論ではないであろう[4]

以上、UBIを巡る3つの懸念について述べた。要するに、次世代社会保障制度の候補の一つとして、UBIとそれを必要とする経済環境について、今後さらに検討が必要である。そうしたなかで今言えることは、UBIの実像を示すことなく、言葉の快い響きを頼みに、国民受けを狙ったUBIの導入を主張すべきでないということである。わが国では最低保障年金一つをとっても、裏付けとなる財源を示せないまま提案は失墜した。UBIはそれをはるかに超えた改革であり、そのビジョンと裏付けとなる財源をどう示すことができるかが、議論の要である。そう考えると当面は、社会保障が会社から個人単位に変化する現実を踏まえて、増大する社会保険料負担の中身の精査と若年低所得者に重くかかる負担の軽減をどう行うかなど、足元をしっかり見つめた改革に向けた議論が重要である。

参考文献とネットサイト

BIEN, Basic Income Earth Network, https://basicincome.org/

Economist誌、2018a、Britain’s universal credit could yet be a success, 10月27日

Economist誌、2018b、If universal credit is to succeed, the government must act now, 10月27日

Eichhorst, Werber and Ulf Rinne, 2017, Digitalisation of welfare state, CESifo Forum, 18:4, pp.3-8.

Goldin, Ian, 2018, Five reasons why universal basic income is a bad idea, Financial Times, 2月11日

Moffin, Robert A., 2010, Economics and the earned income tax credit, in Better Living through Economics, John J. Siegfried ed., Harvard University Press, pp.88-105

Murray, Charles, 2016a, In our hands: a plan to replace the welfare state, The AEI Press

Murray, Charles, 2016b, A guaranteed income for every American, Wall Street Journal, 6月3日。

Nidess, Dan, 2017, Why a universal basic income would be a calamity, Wall Street Journal, 8月10日

Thornhill, John and Ralph, Atkins, 2016, Universal basic income: Money for nothing. Financial Times, 5月27日

[1] UBIの背景、UBIのアイデアから勤労税額控除に至る過程、およびこの間の経済学の果たした役割については、Moffit(2010)による説明がある。

[2] Murrayの提案によって、カットされる社会保障給付費の総額とUBIに要する費用については、Murray(2016a)のAppendix AおよびBに推計結果が記載されている。

[3] BIENの活動は下記サイトで知ることができる。https://basicincome.org/ このサイトではまた、UBIの世界各国のこれまでの事例だけではなく、現在の取組をほぼリアルタイムで紹介している。一方、UBIをred herringだとする批判は、Ian Goldin(2018)が行っている。そのほかUBIへの手厳しい批判として、Dan Nidess(2017)などの論説がある。

[4] デジタル経済における社会保障の現状とあり方については、デジタル経済における課税方式を含めて、Eichhorst and Rinne(2017)が包括的な議論を行っている。

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