連載コラム「税の交差点」第43回:「人間ドック」と財政健全化目標

森信茂樹
東京財団政策研究所研究主幹

人間ドックで検査を受ける場面を想定してみよう。厳しい検査結果・数値が出てくると、精密検査や入院などいろいろ面倒だ。そこで、なんとか甘い数値にしてほしいとドクターに頼むことにした。ドクターは、仕方ないですね・・と応じてくれた。

しかしそんなことをすれば、その場はしのげても、真の原因究明とそれに対する有効な処方箋や治療が遅れ、気付いた時は手遅れになっている。したがって、個人の世界では、検査結果は正直に、あるいは厳しめに伝えてもらい、リスクの無いように必要な手当をする、これが常識だ。

国家レベルの常識は異なるようだ。これから述べるように、今回改定された新たな財政健全化計画は、甘い経済成長率を前提に歳入を過大に見積もったうえで、達成年度を5年も先送りしたもので、計画自体に緊張感が乏しく、血の出るような歳出削減を行わなくても、それなりに目標が達成できる「ゆるい」内容になっている。まさに、厳しい検査結果に伴うややこしい議論を先送りした「その場しのぎ」の対応といえる。

これで当分面倒な議論、つまり「来年度予算を緊縮型にしろ」という声や、「団塊世代が後期高齢者になり始める2022年に向けて社会保障改革を行え」とか、「社会保障に必要な財政資金確保のため消費税率10%を超える引き上げを」といった議論を避けることができるので、都合がよいということであろう。

具体的な内容と問題点を掘り下げてみたい。

第1に、財政健全化の指標である基礎的財政収支(PB=プライマリーバランス)の黒字化時期を5年延期し、25年度とするとした。

これまでの2020年PB黒字化目標が未達であったことの原因は、①成長低下に伴う税収が想定を下回ったこと、②消費税率引上げ延期や補正予算の影響、③2019年10月の消費増税の使途の変更と骨太で分析されている。しかし、アベノミクスが期待通りの効果を上げていないから消費税率引上げの延期や補正予算によるばらまきが行われたわけで、主因はこれまでの政策の誤りと、税収の過大見積もりということになる。

第2に、財政健全化目標と毎年度の予算編成を結び付けるための仕組みだが、骨太では、「社会保障は高齢化による増加分が年によって異なることなどを考慮し、各年度の歳出については一律ではなく柔軟に対応する」としており、これまでのような一般会計を縛る具体的数値目標は作られなかった。

歳出削減について、一般会計予算編成との連動が断ち切られたわけだ。これでは毎年の予算編成の「よすが」がなくなってしまい、財務省の予算査定も厳しさに欠けるものになる。政権としては、そこが狙いともいえるが、これでは財政健全化目標の意義・信頼性は大きく損なわれることになる。

最後に、負担(歳入面)の課題、つまりPB目標を達成するための手段の一つである歳入増の努力については、具体的なことは全く記述されなかった。

図は、OECD諸国における社会保障支出(GDP比)と国民負担率(GDP比)の関係を見たものだが、双方は正の相関関係にあることが見て取れる。正確な因果関係はわからないが、社会保障支出の増加と国民負担率の増加は密接に連動しているのである。

わが国の状況を見ると、すでに2015年にはこのトレンドから外れ、2025年にはさらに外れることになる。つまり、他の先進諸国とは異なる負担と給付のバランスとなっていることがわかる。

今後社会保障の増加が不可避な中で、わが国だけが、「負担増なくして給付が受け続けられる国」を続けることが可能なのか。受益と負担のアンバランスの問題は、社会保障制度の持続可能性を損なうことになる。負担の問題は、常に問い続けるべき課題で、「負担増を避けるにはもっと社会保障改革を」ということになるのである。

さて、このような「ゆるい」財政健全化計画で、わが国経済のリスク(危機管理)は大丈夫なのだろうか。金利と経済成長率の関係を見ると、「推計」では、2025年まで成長率が金利を上回ることとなっており、これを実現するためには日銀の金融政策に大きなプレシャーがかかる。ひいては、財政赤字をファイナンスするための金融政策という評価につながり、国債の暴落のきっかけになるリスクを負うことになる。

2021年度に中間指標を設定し、「PB赤字の対GDP比について2017年度の半減値(1.5%程度)とすること、債務残高の対GDP比を180%台前半(2017年度実績見込みは189%程度)、財政収支赤字対GDP比を3%以下とすること」も決まった。

しかしこれは安倍政権後の話であり、だれも責任を持つようには思えない。誰のため、何のための計画なのか、改めて問いなおす必要がある。

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