連載コラム「税の交差点」第38回:平成30年度税制改正を読み解く

森信茂樹
東京財団上席研究員/税・社会保障調査会座長

安倍政権は、発足以来一貫して国民負担論の議論から逃げてきた。よく言えばデフレ経済脱却を最もプライオリティーの高い課題と位置付けていたということだろうが、憲法改正を念頭に、選挙での勝利を優先し、国民に苦い薬を飲ませる負担論を避けてきた、というのが本音だろう。

2度、消費増税を延期し、2019年10月の引上げも、選挙で「消費増税分の使途変更、半分の2兆円は教育無償化を柱とする政策に活用する」といいながらも、「リーマンショック並みの経済変動が起きれば延期もありうる」という条件付きである。

このような中、平成30年度税制改正は、真正面から国民の負担に取り組んだ。結果、過大といわれてきた給与所得控除の縮小(増税)、働き方改革で増加が予想される個人事業者の控除の引上げ(減税)が決まった。子育て世帯や介護世帯には負担増が生じないよう手当てされるので、税負担の増加する850万円超のサラリーマンの数はおよそ200万人、全体の4%程度である。わが国の所得再分配機能は、わずかではあるが強化(改善)される。

年金の税制も強化された。高所得(1000万円超)の年金受給者や、給与所得などが1000万円超ある年金受給者については、公的年金等控除が縮小・制限され、負担増となる。もっとも対象となるのは20万人程度で、年金受給者全体の0.5%程度であるが。

このように、来年度税制改革は、配偶者控除を巡って「逆走」した昨年とは異なる、正しい方向感の税制改正と評価できる。今後ともこの方向を推し進め、所得再分配機能をさらに強化していくことが、中間層のやせ細りを防ぐのに必要な租税政策であろう。

法人税改正についてはどうか。わが国の法人税を取り巻く環境を見ると、先進諸国における法人税率の引き下げ競争は依然続いており、米国トランプ政権も20%程度へと大幅に税率を引下げる。わが国の立地の競争力を維持・確保していくためには、現行の法人税実効税率である29.7%をさらに軽減していく必要がある。

一方で、わが国企業は、2016年度末で過去最高の400兆円を超える内部留保をため込んでおり、これを伸び悩む賃金の上昇や設備投資に振り向けるよう企業行動を変えていくことが大きな課題となっている。

そこで、税制改正によりインセンティブを与え企業行動を後押しすることとした。具体的には、前年度比3%以上の賃金増加(中小企業は1.5%)を行い、設備投資を当期の減価償却費の9割以上行った場合には、20%を限度とする税額控除を与え、法人税実効税率を25%程度(大企業)になるよう租税特別措置を講じることとした。

これは「課税ベースを拡大して税率を引き下げる」という法人税改革の理念と逆行するが、内部留保を賃上げや設備投資に回すことの重要性にかんがみて、3年間の時限としての特別措置として許容すべきだろう。

また注目すべきは、わが国中小企業の経営者が高齢化し、後継者を見つけることが難しいという事情に配慮して、事業承継税制(非上場株式に対する贈与税・相続税の納税猶予の特例)を大幅に緩和することが決まったことである。

今後10年間の贈与・相続に対する特例として、中小企業の経営者が子供など親族の後継者に事業を承継させる場合には、一定の要件を満たす事業を続けている限り総株式の全額について納税猶予が行われることとなる。これまでは承継後5年間は平均8割の雇用維持が条件づけられていたが、今回この部分が弾力化され、より使いやすい制度になった。今後は、親族外事業承継についても、税制支援の拡充が求められるだろう。

特筆したいのは、所得税改正で900億円の増税、たばこ税引上げ(3回の合計)で3000億円程度の増税が決まったことである。これは、2019年10月からの消費増税時に導入される食料品と新聞に対する消費税軽減税率の減収をにらんでのことである。

軽減税率導入による減収額は1兆円である。そのうち4000億円の財源は確保済みであるが、いまだ6000億円の恒久財源を手当てすることが法律で義務付けられている。今回、そのうちの3000億円強が手当てされたので、残りは3000億円弱になる。これを2018年度中に、つまり2018年末の税制改正議論で決める必要がある。おそらく金融所得への課税強化が大きな議論となるだろう。

消費税軽減税率ほど意味のない政策はない。消費者・事業者・税務執行に大きな混乱をもたらす政策である。結果として、利益を受けるのは高級食材を購入する高所得者である。

オランダでは今年行われた総選挙で、「高所得者に恩恵の行く軽減税率の軽減分を縮小させ、それにより確保した財源で所得税減税を行う」と公約した政党が選挙に勝利し与党になったそうである。

今からでも遅くない。軽減税率は廃止すべきである。今回の増収分は、消費増税で当て込んでいた財政再建に回すべきだ。

 

ページトップへ