連載コラム「税の交差点」第33回:総選挙で議論されなかった財源と負担論

森信茂樹
東京財団上席研究員/税・社会保障調査会座長

今回の総選挙を通じて感じたのは、各党とも教育の無償化や子育て・社会保障の充実については語るものの、それを裏付ける財源問題・負担論についてほとんど議論がされなかったということである。

先進諸国を見渡すと、欧米諸国では基本的に2つの相異なる考え方に基づいて政権交代が行われてきた。最近でこそ移民問題が大きな社会問題となり、様相が変わりつつあるが、基本は「政府の規模」に対する考え方の相違である。

具体的に言えば、もっと負担を重くしてでも社会保障の充実を目指すのか(大きな政府)、歳出規模は保ったまま経済成長を目指し自己責任を基本とするのか(小さな政府)という2つの異なる考え方である。

今回の総選挙を見ても(これまでの選挙でも)、わが国ではそのような異なる意見の対立はなかった。なぜわが国では、そのような対立軸が出てこない、あるいは議論がなされないのであろうか。

この点について、税・社会保障調査会のメンバーである法政大学の小黒教授と議論をしながら考えたところ、その理由としては、わが国が抱える巨額な財政赤字の存在が影響をしているということである。

本来、良識のある政府では、まずはその財政赤字にどのように対処すべきかということが国民的な問題になる。財政赤字という状況は、給付が負担を上回るという、後世代に支払いのつけを先送りした政治・政策を継続してきたことから生じる。そこで、これ以上負担を将来世代に先送りしながら、現役世代が利益を受けることはおかしい、という政治議論が始まるはずである。

その際、財政赤字解消の手段について、歳出削減に力点を置く考え方・政党(小さな政府)と、税負担の増加に力点を置く考え方・政党(大きな政府)の2つに分かれる。前者は、社会保障支出を含む歳出の無駄に切り込むことで、国民の支持を得ようとする。これに対し後者は、歳出の切り込みは最小限にして、むしろ税負担を上げることで、現行制度の維持やさらなる拡充を訴える。

米国や英国の2大政党政治を見ていると、おおむね以上のようなダイナミズムで国民も政治も動いていく。

このように見てくると、わが国でこのような対立軸ができない原因は、与野党ともに「財政赤字を見てみぬふりをしているから」である。その結果国民は、財政赤字の解消に関心が向かず、政策に対する対抗軸ができないということになるのではないか。

さらに問題なのは、今回の選挙では、財政赤字の縮小という大きな課題をほっておいて、巨額の財源が必要となる教育の無償化や子育て・社会保障の充実を、確たる財源なく訴えたことだ。

自民党・公明党は、消費増税の実行と一部を財源に回すことを主張したが、野党各党は、消費増税を凍結するという主張を行い、財源問題にはふたをした。

希望の党は、大企業への留保金課税を恒久財源として導入するとしたが、その現実性は極めて低い。留保金課税は、韓国で時限的に導入されているが、結果として賃金引き上げや設備投資の増加には回らず、わずかに配当が増えただけである。韓国大企業の株式の多くは、外国人や法人が持っているので(わが国も同じ)、配当の増加分は海外に移転したり他の法人の留保に回り、国内経済の活性化効果はほとんど見られないというのが、留保金課税の現実である。それよりも何よりその税収は600億円程度で、消費税とは比べるべくもない。

立憲民主党の主張した金融所得への課税強化や相続税強化は議論になりうるが、これとて社会保障の恒久財源になるほどの規模ではない。

維新は身を切る改革を主張したが、公務員の定数や給与の削減で兆単位の財源が出てくるとは考えられない。

このように、「政策にフリーランチはない」という冷徹な現実が理解されなかったことは今回の総選挙の反省点ではないか。野党勢力が盛り返し政権をうかがうようになるには、もう一度負担と給付の問題を原点に立ち返って問うていく、それによって現実的な政策の対抗軸を作っていくことしかないのではないか。それには財源問題を科学的に研究する必要がある。

 

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