「支えられる」人を「支える」人に―少子高齢化に立ち向かう「働き方改革」を

小塩隆士
一橋大学教授

崩れつつある生物学的なバランス

正直なところを書かせてもらうと、筆者は、「将来世代にツケを回さないように財政赤字を削減すべきだ」とか、「増大する社会保障給付を賄うためには、消費増税が必要だ」といった、筆者自身もしばしば口にする財政健全化の主張をあまり信用していない。しかし、だからと言って、公共事業をどんどん増やして景気を喚起し、税収増で財政や社会保障の問題は解決できるといった類の意見に与する気分にはまったくなれない。

日本経済が直面する最大の問題は、加速する少子高齢化にどう立ち向かうかということであろう。少子高齢化とは、簡単に言えば、「支えられる」人が増えて「支える」人が減ることを意味する。これは、経済学的というより生物学的な問題である。「支えられる」人と「支える」人のバランスが崩れたら、生物としての人間の社会も維持できない。経済学的に言えば、生産と消費のバランスがマクロ的に崩れてしまうからである。ではどうすればよいか。「支えられる」人をできるだけ「支える」側に回すことであることは直観的に明らかだ。こうした観点から、財政健全化の効果を改めて考えてみよう。

財政健全化では問題は解決しない

財政赤字を縮小するためには、消費税や社会保険料の引き上げが必要だという主張が当然ながら出てくる。もちろん、そうすれば財政赤字は縮小するが、「じゃあ、それでどうなるの?」という疑問が出てくる。私たちはこれまで、税や保険料という形で政府サービスの財源を賄うのに抵抗してきた。その代りに、私たちは所得のうち余った分を銀行に貯金し、銀行はその貯金で国債を購入している。もちろん、それが財政赤字になるわけだが、政府サービスの財源を税・保険料という形で直接的に負担するか、貯蓄を経由して国債購入という形で間接的に負担するか、その優劣ははっきりしない。財政健全化は、これまでの間接的な負担スタイルを直接的なものに切り替えることだが、それで世の中が良くなるかと言われるとすぐには答えにくい。

それでは、社会保障給付など政府サービスの削減はどうか。ムダな経費の削減は、限られた資源の有効活用という点でも重要であり、どんどん進めるべきである。しかし、給付の削減で問題が解決するわけではない。例えば、要介護度2以下の人は介護保険給付の対象から外すという議論が政府内で始まっている。これが実現すれば、介護保険の財政収支は改善する。しかし、要介護者を抱えている家族はどうするのか。公的な給付が打ち切られたら、自分の負担で親を介護するしかない。頼る家族のいない高齢者は、自分のお金で自分の世話をすることになる。公的扶養が私的扶養に切り替わるだけで人々の生活はよくならない。介護保険の仕組みがどう変わっても、世の中には介護されるべき高齢者が一定数存在する。

社会に備わっている問題解決の余力

財政健全化が問題解決につながらないとすれば、私たちには為す術はないのだろうか。けっしてそうではない。実は、世の中に問題解決の余力は十分備わっている。図は、総務省「国勢調査」と厚労省「生命表」に基づき、1975年と2010年(国勢調査のデータが利用可能な最新時点)の2時点において、男性の各年齢における平均余命と就業率との関係をプロットしたものだ。平均余命は、各年齢における健康状態の代理変数ととらえている。歳をとれば健康状態が悪化し、働きにくくなって就業率が低下するので、曲線は右上がりになるが、曲線は右下にシフトしている。つまり、健康状態は同じであっても、人々は昔に比べて働かなくなっている。筆者が、世の中に問題解決の余力があるというのは、このためだ。

図: 高齢者の健康(平均余命)と就業率の関係(男性)

高齢者の健康(平均余命)と就業率の関係(男性)

(出所)総務省「国勢調査」厚生労働省「生命表」より筆者作成。

 

例えば、2010年の曲線で65歳に対応する点から真上に直線を引くと、1975年の直線にほぼ58歳のところでクロスする。つまり、2010年に65歳の人は、1975年では58歳の人と同じくらい健康である。ところが、就業率は約36ポイント低くなっている。これ自体は、けっして非難すべきことでない。経済成長による生活水準の向上とともに、「国民皆保険」のおかげで人々はより健康になり、「国民皆年金」のおかげであくせくしないでも豊かな生活を過ごせるようになった。これは、まさしく社会保障充実の成果として高く評価すべきだ。しかし、行き過ぎのところはないだろうか。世の中を「支える」側に回っていてもおかしくない人たちの多くが、「支えられる」側にとどまっている。もったいないというほかない。

高齢者の就業促進を「働き方改革」の最優先課題に

政府は現在、「働き方改革」の議論を盛んに進めている。しかし、高齢者の就業促進についてはかなり及び腰である。定年延長は産業界が猛反発するし、公的年金の支給開始年齢の引き上げは、その実現に相当の政治的エネルギーを要するからだ。さらに、高齢者の就業促進は、長期的雇用慣行や賃金体系の全面的な見直しも求める。「メンバーシップ型」雇用から「ジョブ型」雇用への移行も、60台後半の就業機会拡大のためには避けて通れない課題だ。議論は、働き方の全面的な見直しをめぐるものへと大きな広がりを見せるだろう。

少子高齢化という生物学的な圧力に対抗するためには、その圧力に正面から立ち向かうアプローチが必要である。「支えられる」人をできるだけ「支える」側に仕向ける「働き方改革」が、それに相当する。その点では、財政健全化は力不足と言うしかない。

ページトップへ