受益と負担のバランスをにらんだ社会保障給付の抑制

土居丈朗
慶應義塾大学教授

わが国の社会保障制度は、「社会保障税一体改革」の方針に沿いつつ、改革を進めている。ただ、高齢化に伴い、医療や介護の給付はますます増加する。厚生労働省が2012年3月に公表した「社会保障に係る費用の将来推計の改定について(平成24年3月)」に基づくと、医療費は、2012年に年間約35.1兆円だったが、2025年には約54.0兆円に達すると予想されている。また、介護費は、2012年に年間約8.4兆円だったが、2025年には19.8兆円に達すると予想されている。

社会保障給付には、保険料収入だけでなく、税財源も充てられている。現に、最新のデータである2014年度の「社会保障費用統計」によると、医療には約8.3兆円、介護には約5.0兆円の税財源(公費負担)が投じられている。さらに年金等に充てられている税財源を合わせると、2014年度には約44.8兆円(社会保障給付費約112.1兆円に対して約40%)が投じられている。2025年は、団塊世代が75歳以上となる年で、医療や介護の1人当たりの給付は、75歳以上になるとこれまでよりもさらに多く必要となる。このまま、高齢化の進展に合わせて社会保障給付が増え続ければ、税財源の確保も相似拡大的に求められることとなる。消費税率は10%にさえ上げられずにいる今日、15%にしても十分に賄えない恐れすらある。

しかし、増える医療費を削る、というと、必要な治療が受けられなくなるのではないか、と多くの人は心配する。かといって、今の仕組みのまま野放図に社会保障給付が増えれば、医療費を支える財源として税金や保険料の負担が我々の肩に重くのしかかる。

経済成長を促せば、増税や負担増なしでも給付の財源を確保できるだろうか。前掲のような金額で医療と介護の給付は増大すると予想されており、経済成長率よりも高い率で増加が見込まれ、増税なしに給付を賄うのは困難だ。他方、医療と介護の給付の見直しも、きめ細かく行わなければ、医療と介護の制度は持続できない。

幸い、医療と介護の給付の実態は、かつてないほど精緻に分析できるようになり、給付の「無駄」を明らかにできるようになった。今後は、こうした分析技術を使って、必要な治療や介護サービスが受けられるようにしながら、医療や介護にまつわる我々の負担を抑えてゆけるだろう。

なぜ、かつてできなかったが今ではできるようになったか。それは「レセプト」が電子化されたからである。レセプトとは、患者が診療を1回、利用者が介護サービスを1回受ける度に、医療機関や介護事業者から患者・利用者が加入している保険者へ、治療やサービスの内容とその医療費・介護費の明細情報を伝える、いわば請求書である。医療と介護にそれぞれ別々にレセプトがある。患者は医療費の1~3割の自己負担をするが、残りは税金と保険料が財源となった医療保険の給付で賄われる。医療機関は、残りの7~9割の保険給付分を請求するためにレセプトを発行する。介護では、自己負担は原則1割で、残りが保険給付分となる。レセプトはかつて紙だったため、分析が困難だったが、現在では電子データ化されているから詳細な分析ができるようになった。もちろん、分析をする際には、個人は匿名化され暗号化されており、個人情報は保護されている。そして、分析により、医療や介護の給付の「無駄」が、レセプトデータで次第にあぶり出せるようになった。

では、医療費の「無駄」とは何か。いくつか例示しよう。1つは、薬の重複投与・多剤投与である。1人の患者が、自宅から北方にある外科の診療所に行って痛止めの薬を処方してもらい、帰宅途中にある薬局で薬をもらってそれを飲む。次の日、自宅から南方にある内科の診療所に行って、同じ痛止めの薬を処方してもらったとする。帰宅途中にある別の薬局で薬をもらってそれを飲む。これが重複投与である。

この1人の患者の治療には、それぞれレセプトが発行されているのだが、今まで誰も網羅的に見る人がいなかった。薬の知識がない患者は、医師に指示された通り疑問も抱かず薬を飲むが、同じ薬を2倍の量飲むことは場合によっては患者にとって危険なことである。しかも、別々の薬局に行くと、薬剤師も重複投与を見抜けず、患者を指導してくれる人がいない。とはいえ、レセプトにはきちんと記録されていて、データを突合すればこの患者が不必要に同じ薬を重複投与されていることが一目でわかる。

多剤投与も同様である。同じ時期に、複数の医療機関から処方された薬を合計すると10種類にも及ぶ患者は珍しくない。レセプトデータを分析してみると、同じ月に10種類以上の薬を飲んでいる患者が費やした薬剤費は、全薬剤費の4割に達する。10種類以上の薬を同じ時期に飲むと、場合によっては、薬同士の飲み合わせが悪く、薬によって生じる悪い副作用が生じることもあるという。しかし、これも投薬を網羅的に見る人がいないと、多剤投与が放置されてしまう。

こうしたレセプトデータで明らかになった重複投与や多剤投与をなくすだけでも、患者の健康のためになるだけでなく、医療費の節約にもなる。

患者がいない地域に、病院のベッドが過剰にある点も、問題として挙げられる。団塊世代が75歳以上となる2025年には、高齢化や人口減少によって、患者が今よりも減少すると予想される地域がいくつかある。そうした地域で、2025年になっても今と同じ数だけ病院のベッドがあったとするとどうだろうか。患者が来ない空きベッドを抱える病院は、固定費用ばかりかさんで経営が成り立たなくなるだろう。逆に、空きベッドを埋めようと、退院させてもよい患者を無理に入院させていたら、医療費が必要以上にかさんでしまう。また、自宅で暮らせる高齢患者を無理に入院させて寝かせたままにしておくと、逆に身体能力が衰えてしまうことさえある。

こうしたことを防ぐ取り組みが、目下始まっている。各都道府県で、2025年を見据えて、どの地域でどのような病院のベッドが必要かを、将来予測しながら、今ある医療機関と連携して、ベッドの配置を工夫していこうという取組みで、地域医療構想とも呼ばれる。地域医療構想自体は、医療費削減の手段ではない。ただ、2025年を見据えて、各地域でベッドの配置を工夫することによって、過剰な空きベッドという「無駄」をなくすことができる。

この将来予測に、レセプトデータが活用されている。つまり、ある地域で、何歳のどの性別(男・女)のどんな病気の患者が何人いるかについて、レセプトデータで悉皆的に把握できるようになった。これは現在における実績値だが、人口や年齢構成が2025年にどうなるかという予測値があるので、それらを合わせて分析すれば、2025年にどの地域でどのような機能を持った病院でいくつのベッドが必要かを予測できる。患者側からすれば、将来にわたりその地域で必要なベッドをきちんと確保しようという取組みとして望ましいし、病院側からすれば、経営の見通しを立てる意味でも役立つ。そのイメージは、図1 [注] に示されている。

 

図1 地域医療構想のイメージ

地域医療構想のイメージ

出典:財政制度等審議会財政制度分科会2014年10月8日会合配付資料に基づき一部改編

 

もちろん、高齢者が増えて患者数がさらに増加するとされる首都圏などでは、空きベッドの増加が問題なのではなく、むしろベッド数をどう増やすかを計画的に検討しなければならない。地域によって事情が異なるので、全国画一的に体制を整えるのではなく、地域ごとに事情を踏まえて取り組まなければならないものである。

今までの医療費削減というと、先進国の中でも日本は最も入院日数が長く、これが医療費増加の一因となっているとして、平均在院日数(入院日数)を2割短縮しよう、などと手段を問わず頭ごなしに削減という話が多かった。医療費のどこで費用が増えているかまでは、全体を見た統計で知ることができたが、その費用をどのように抑えればよいかという手段のところまではわからなかった。いわば、森を見て木を見ない状態だった。

しかし、今ではレセプトデータが電子化されて分析可能となったため、医療のどこに問題があるかを、データに基づいて議論できるようになった。

図2 1人当たり介護費と認定率の地域差(年齢調整後) (2014年度)

1人当たり介護費と認定率の地域差(年齢調整後) (2014年度)

出典:内閣官房社会保障制度改革推進本部医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会第7回会合配付資料

 

介護のデータも、同様に、詳細な分析が可能になっている。図2には、年齢構成を調整した後の要介護認定率や1人当たりの給付額を、都道府県別に見たものである。要介護認定は、全国統一のコンピュータ判定で要介護度の認定をしているはずなのだが、いくつかの要因があって顕著に地域差がある。それも影響して、1人当たりの介護給付も地域差がある。もしどこに住んでいても、同じような介護サービスが適切に行われていれば、通常ではある地域だけ特別に病弱な高齢者が多く集まっているということはない(ここでは、高齢化率の地域差は調整済みである)のだから、顕著な地域差は生じにくいはずである。この地域差のすべてをなくすことはできないが、他地域の好事例に倣いながら高齢者の生活の質を高める取り組みを進めることで、介護給付の工夫を重ねてなくせる地域差をなくすことができる。それが、「無駄」な介護給付を減らすことにもつながる。

さらなる詳細な分析は、まだこれからだが、重要な第一歩として前掲のような取り組みが進んでいる。必要な治療や介護をできるようにしつつ、医療や介護の給付をうまく抑制できる工夫がますます必要となってこよう。それが、国民の税負担に対する納得感を高めることにもつながる。

[注] 高度急性期機能とは、急性期の患者に対し、状態の早期安定化に向けて、診療密度が特に高い医療を提供する機能であり、急性期機能とは、急性期の患者に対し、状態の早期安定化に向けて、医療を提供する機能を指す。また回復期機能とは、急性期を経過した患者への在宅復帰に向けた医療やリハビリテーションを提供する機能、特に、急性期を経過した脳血管疾患や大腿骨頚部骨折等の患者に対し、ADLの向上や在宅復帰を目的としたリハビリテーションを集中的に提供する機能(回復期リハビリテーション機能)である。最後に慢性期機能は、長期にわたり療養が必要な患者を入院させる機能、長期にわたり療養が必要な重度の障害者(重度の意識障害者を含む)、筋ジストロフィー患者又は難病患者等を入院させる機能である。

 

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